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朝やけの中で 追悼 森崎和江さん    

2022年 06月 22日

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朝やけの中で 

森崎和江

 

八つか九つくらいの年頃だった。朝はまだひんやりしていた。私は門柱に寄りかかって空をみていた。朝陽がのぼろうとしていたのだろう、透明な空が色づいていた。

朝早く戸外にノートと鉛筆を持ち出して、私は何やら書きつけた。が、空があまりに美しいので、その微妙な光線の変化を書きとめておきたくなって、雲の端の朝やけの色や、雲を遊ばせている黄金の空にむかって感嘆の叫びをあげつつ、それにふさわしいことばを並べようとしはじめた。けれどもなんという絶妙な光の舞踏……。

私はあの朝、はじめてことばというもののまずしさを知ったのである。絶望というものの味わいをも知ったのだった。自然の表現力の美事さに、人のそれは及びようのないことを、魂にしみとおらせた。打ちしおれる心と美事な自然の言葉に声を失う思いとを、共に抱き、涙ぐむようにしていると、父が出てきて、笑顔をむけてくれた。

何を話してくれたか、もう記憶にない。ただあの時の強い体験にふさわしいようないたわりが、父から流れてきたことだけが残っている。空がしろくなり、人間たちの朝が動いて行くけはいが満ちた。

いつのまにか文筆にかかわって生きてきたけれど、ことばに対する私の感じ方のなかには、あの朝の体験が深くひろがっているようである。それは人間たちのふかぶかとした生のいとなみのなかで、言語化されている部分のちいささ、まずしさへの思いである。いや、まだことばになっていないひろい領域のあることに対する、いとしさである。

 私が閉山してしまった炭坑町にまだとどまっているのも、地面の下で特有な感性を開拓した人人が、言語化しがたいものを抱きつづけているのを感ずるためである。ことばは朝やけの中の八歳の少女のようだ。

 (俳誌『六分儀』第11号 花乱社刊より転載)  



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  いとしい人よ
  はるばると
  無量の風の中
     和江


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 昨日は夏至。乃東枯(なつかれくさかるる)
 6月15日、森崎和江さんご逝去。95歳。
 長年母と慕ってきた方である。さすがに堪え涙が零れる。長寿を全うされたのだからと自分に言いきかせても気持ちがついてこない。ご子息・松石泉さんともお話したのだが、泣かないで、顔をあげてちょうだい。あなたの命、前を向いて懸命に生きていくのよ、と森崎さんの檄が聞こえてきそうな気がする。お顔とお声、そして、お言葉がずうっと鮮明に浮かんでくる。
 言霊だろうか。
 
 図書館勤務時代、まだ30歳前の頃、郷土資料室にいらっしゃり、お手を止めてごめんなさい、少しお尋ねしたい資料があるんですがよろしゅうございましょうか。そのまなざしと口調のやわらかさが印象的で、森崎和江さんでしょう!著書のほとんどを読ませていただいていますと、若気の至りで少々興奮気味な私に、まあ、うれしいこと!手を握り笑顔で応えてくださったのが初対面である。それ以降、来館の折々またレファレンスなどもご一緒させていただき、いつしかプライベートでもお会いするほど親しくなる。
 来し方や文筆、自然・言葉の力をやさしく鋭く語られる。学生時代から底辺女性史に強い関心を抱いていた私の問いにも、丹念に応えてくださって、私と似たところがあるわね、継続していくのが大切なのと励まされる笑顔はひときわだ。
 どんなに近しくなろうと、あなたはご自分の仕事を続けてと、コピーなどは列に並んでご自身でなさりきちんと代金を支払われる。付箋をつけての依頼も多々ある中、あたりまえでしょと意思を貫かれる。 
 
 夕刻前、いつものように森崎さんと資料をめくっている最中、久本三多さん(図書出版 葦書房創業者 当時の社長)が来室される。あら、こんにちは久本さんと森崎さん。こんにちは。えっ知り合い? 私に訊かれる久本さん。森崎さんが、私たちお友達なんですの。僕、今までなんにも聞いていないと、また私に言われる。しばらくお二人で話されて、終業時間直前、ちょっと行こうということになって、と。三人で近くの行きつけの店で乾杯!お酒がすすむにつれて、〇〇さんを呼んだらと久本さん。だったらご主人もお誘いしてみてはと森崎さん。促されるまま電話を入れると、しばらくして合流となり、酒盛りはより弾む。
 明日は田川の作兵衛じいさまのところへ行かれるという森崎さん。山本作兵衛さんか、久しぶりに同道しようとお二方。筑豊なら車の運転は任せてください、孝べえ、僕も一度作兵衛さんにお会いしたいと薫さん。土曜日だし、これで決まりですわ、皆さんでまいりましょう、孝枝さん、恐縮だけれどお好きな日本酒一升瓶2本の土産をお願いできるかしら、もちろん割り勘でね。森崎さんの一声でまた乾杯! こんな一幕も懐かしい。
 思い出は尽きない。色褪せることなくよみがえる。私の宝物だ。
 
 森崎和江さん。生涯追慕の念とともに、命ある限り生き抜きます。
 ほんとうにありがとうございました。


 親友が真っ先に電話で私の思いを共有し、以下の写真をLINEにて受信した。


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by kunpu-15 | 2022-06-22 17:20

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